感情のパターン

日々のいろいろ
02 /26 2013
ある出来事に対して、その人が感じる感情は
人それぞれに独自のパターンがあると思います。

得意な感情パターンとでもいうのでしょうか。

本当は悲しく感じているのに「怒り」として認識したり
嬉しいと感じているのに「不安」に思えたり。

私の場合は「怒り」です。

例えば、誰かに裏切られたと思える場面で
ある人は悲しく感じたり、またある人は恐れを感じたりしますが、
私は反射的に「怒り」がくるだろうなぁと思います。

五行で関連する器官は「目」
確かに目に関する病気が昔はありました。

本当にその「怒り」は怒りなのか?
悲しみ・恐れ・あせり・不安を怒りに転化して感じているのか?
しっかり見極めたいです。
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瞑想

日々のいろいろ
02 /21 2013
知人に薦められて「サーチ!」(チャディー・メン・タン著)を読みました。
グーグルの人材育成担当の方が書かれた本です。

「瞑想」を実生活と整合させるために、
「運動」を例にしてわかりやすく説明されていました。

現在普通の人々が運動に関して認識していることは、
運動生理学をもとに発展してきたものだそうですが、
その中で4つの特徴を挙げています。

1.誰もが「運動は自分のためになる」ことを知っている。
  それに異論を唱える人はいない。
  誰もが手間暇かけて運動するわけではないが、運動をしない人でさえ、
  自分が運動すべきことや、運動が自分のためになることを知っている。

2.運動したい人は誰でも、やり方を身につけられる。
  情報はどこでも入手できるし、望めばトレーナーも簡単に見つかるし、
  運動をしている友人にやり方を教われる人もたくさんいる。

3.健康で体調の良い労働者はビジネスにプラスになることを
  企業は理解している。スポーツジムを備えている企業や、
  スポーツジムの会費を補助している企業も多い。

4.運動は当然のことと思われている。
  今日、あまりにあたりまえなので、スポーツジムに行って運動してくる
  と友人に言っても、変な顔をされたりはしない。

(P.350・351から引用)


運動のこの4つの特徴を「瞑想」もすべて備えており、
瞑想が心のための運動のように広く扱われる世界を筆者は目指しています。

そのような世界では、

1.誰もが「瞑想は自分のためになる」ことを知っている。

2.瞑想をしたい人は誰でも、やり方を身につけられる。

3.企業は瞑想がビジネスのためになることを理解している。
  瞑想を奨励する企業さえある。

4.瞑想は当然のことと思われている。
 「もちろん君も瞑想すべきだよ、あたりまえだろう」と誰もが考えている。

(P.352から引用)

瞑想をしています、と言うと、
「へぇ・・・・」「瞑想なんて私には絶対に無理!」
「なんだか修行って感じ」など、
あまりポジティブにとらえてもらえない事もしばしばありますが、
瞑想がもっと多くの人々の日常生活の一部になることを願っています。

チネイザン・プラクティショナーブログより